「組織の実質的あるいは潜在的な傷害に結びつくか、このような傷害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験」
これは国際疼痛学会(IASP)が定めている「痛み」の定義です。
少し噛み砕いて言えば、
実際に身体のどこかが傷ついているかどうかに関わらず、本人が「痛い」と感じていれば、それは“痛み”であるということになります。
この定義を初めて知ると、「なんだかずいぶん曖昧だな」と感じる方も多いかもしれません。
もちろん、嘘をついて「痛い」と言う場合は別ですが、多くの場合、痛みを感じる場所には傷や炎症など、何らかの組織損傷があるはずだと考えるのが一般的でしょう。
身体は「機械」とは違う
ところが、人の身体は機械のように単純ではありません。
明らかな原因が見当たらないのに、痛みだけが存在するというケースは、決して珍しいものではないのです。
有名な例としては、切断して存在しないはずの足が痛む「幻肢痛」があります。
エーパシの現場でも、検査上は問題が解消しているはずなのに、痛みだけが残ってしまうという方を何度も経験します。
痛みは脳で「作られる」
痛みは、骨や筋肉といったバイオメカニクス的な問題だけで説明できるものではありません。
脳の
・認知(知覚)の働き
・情動(感情)の影響
・下行性疼痛抑制系
こうした中枢神経系の変調によって、「痛い」という感覚そのものが歪められることもあります。
「痛いの痛いの飛んでいけ」は理にかなっている?
子どもの頃に言われた「痛いの痛いのとんでけ〜」
あれも、実はかなり高度なアプローチだと私は思っています。
いわゆるプラシーボ効果も同じで、気の持ちよう一つで痛みの感じ方が変わるというのは、人の身体が機械と大きく違う点です。
ただし、痛みに対して必要以上にナーバスになると、逆に痛みを増幅させてしまうこともあるので注意が必要です。
痛みは「割り切れない」もの
病院ではどうしてもバイオメカニクス的な要素が中心になります。
それは当然であり、必要なことでもありますが、すべての痛みがそれだけで説明できるわけではない
という視点も忘れてはいけません。
痛みは、身体と脳、そして心が複雑に絡み合って生まれるもの。
だからこそ、
「原因が見つからない=気のせい」
ではない、ということを知っておいてほしいのです。